2009年6月17日水曜日

封内土産考① 宮城野鈴虫

江戸時代の書物に『封内土産考(ほうないどさんこう)』というものがあります。
1798年(寛政10年)に、里見藤右衛門という人が記したもので、宮城県の特産物が紹介されています。

その中からひとつずつピックアップして紹介してみたいと思います。まず1回目は「スズムシ」です。

封内土産考には122の物品が紹介されていますが、その中に『宮城野鈴虫』というものがあります。
仙台市の「虫」は「スズムシ」です。それほどまでに仙台を代表する虫であります。
鈴虫はHomoeogryllus japonicusという学名を持っていて、japonicusとあるように純日本産だそうです。

余談ですが、佐賀県を中心にした北九州の一部に生息するカチガラスという鳥がいるのですが、(カラスといってもスズメ科の鳥だそうですが)学名がピカピカジャポニカといって、八木山動物園で見ることができます。とてもかわいくて、カチカチ鳴くから「勝つ」とかけて、豊臣秀吉の朝鮮出兵の時に日本に持ち込まれたらしいです。


1.スズムシは飛ぶことが出来ません。後ろ羽が退化しているためです。
2.メスは鳴きません。メスを惹くためにオスが鳴くのでしょうけれども、メスはそのオスを食べてしまうことがあるようです。子孫を残すのはいつも命がけです。
3.また、泣き声は周波数が高すぎて電話では聞こえないといいます。


平安貴族達はカゴに入れて泣き声を楽しんでいました。源氏物語にも「鈴虫」という話が出てきます。この中で源氏は捕まえた鈴虫を秋の風情に作り変えた庭に放したとありますので、そのような事も行われていたのでしょう。
江戸時代に入ってから庶民の間でも虫を飼うことが始まりました。
「虫売り」も現れて、都市ではかごに入れられた虫が売られます。鈴虫は中でも代表格だったのではないでしょうか。

宮城野鈴虫はその鳴き声の美しさで有名になったのでしょう。宮城野原では鈴虫の大合唱が聞けたことでしょう。
今は高森山、枡江の森、鶴ヶ谷中央公園でよく聞けるそうです。

仙台すずめ踊り

仙台で5月に行なわれる青葉祭り。その間に町中はすずめ踊りを舞う祭連でにぎわいます。
祭連(まづら)というのはすずめ踊りを踊るグループのことを言い、本当にたくさんの団体があります。平成16年の「夏祭り・仙台すずめ踊り」の時には47組が参加されました。
「夏祭り・仙台すずめ踊り」というのは青葉祭りとは別で、すずめ踊りだけを堪能できる祭りです。比較的新しい祭りで、平成15年から始まったようです。

1603年(慶長8年)、仙台城新築移転の儀式(移徒式)の打ち上げで、政宗公の前で堺の石工が即興で踊ったものが最初でした。
踊る姿がすずめが餌をついばむ姿に似ている。伊達の家紋が竹に雀。という由緒があって、すずめ踊りと名づけられその後も石工の子孫によって伝承されました。
戦前まで石切町の石工によって、毎年大崎八幡宮の祭りの時にはすずめ踊りが奉納されたそうです。

しかし戦後は継承者不足で途絶えかけ、ひっそりと受け継がれていく状況でした。それを復興したのが昭和60年にはじまった青葉祭り。黒田石材店の黒田虎男氏により復活をとげたのが今のすずめ踊りです。旧来のすずめ踊りに対して、「新・すずめ踊り」と最初はいわれていたのですが、しだいに市民権を得て「仙台・すずめ踊り」として認められるようになった経緯があります。

非常に軽快で力強く、見ていて楽しい踊りです。一緒に踊ったらもっと楽しいことでしょうね。

概略紹介

市の花:はぎ(萩の月で有名)
市の木:けやき(ゼルコーバツリー。ゼルコーバさんというパン屋さんが定禅寺通りにあってラスクが絶品です)
市の鳥:カッコウ
市の虫:スズムシ

市のマークは三ツ引両文をモチーフにした「仙」の字をあしらったものです。
人口102万人。

宮城県について
県花 ミヤギノハギ
県木 ケヤキ
県鳥 ガン

人口は235万人。

鯛みそ

江戸時代の仙台の物産に、鯛みそというのがあります。
仙台の味噌といえば「仙台味噌」。文禄・慶長年間の豊臣秀吉による朝鮮出兵の際に各藩から兵が徴兵されるわけですが、この時兵糧として味噌を持って行きました。この時、他の藩の味噌は悪くなったけれども、仙台の味噌だけは大丈夫で、仙台の味噌は上等であると評判になったそうです。その後、仙台藩の伊達家屋敷で仙台味噌がつくられるようになり、2代藩主忠宗の時には一般に売り出されるようになりました。このとき江戸っ子は仙台の味噌はうまい、と「仙台味噌」の名前をつけたそうです。仙台味噌は江戸っ子が名付け親なんですね。

さて、鯛味噌というのは鯛の身をゆでてほぐして砂糖・酒・みりんと味噌を合わせて煮たものです。鯛の取れる地方ではよく見られる料理のようです。仙台で鯛がどこから来たかというと、釣り場として有名なのは奥松島。クロダイが釣れます。宮城は陸の幸、海の幸が両方とも豊富な場所ですので鯛と味噌を合わせた旨いものがたくさんあります。

余談ですが、私の出身地の千葉では(現在は仙台に住んでおります)ピーナツハニーという、落花生とはちみつと味噌をあわせたものが給食にでました。これをご飯にかけて食べます。意外とおいしいので機会がありましたら是非。

2008年5月13日火曜日

絶品!三角油揚げ!

先日、大倉ダムとその先にある定義山に行ってきました。
通常のルートを外れて山奥の峠道を走り、大自然のスケールにびびりながら目的地へむかいました。

定義山は平重盛の重臣、平貞能(たいらのさだよし)が都落ちして名を定義(じょうぎ:さだよし)に改め暮らした場所です。
貞能は、主の平重盛から受け継いだ、阿弥陀如来の宝軸を安置するお堂を建てました。これが今の定義山西方寺につながっていくそうです。

山里を抜け、突然現れる門前町には驚きました。
ここの名物は三角あぶらあげ。絶品です。120円で極楽へ行けます。

詳しくは→
東北を行け! 観光シリーズ 定義山・三角あぶらあげ
http://www.tamezon.net/onsen/s2004/p_jyogi.html

由来については→
定義如来~西方寺ホームページ
http://www.johgi.or.jp/index.htm

仙台市ホームページ
http://www.city.sendai.jp/kensetsu/ryokka/midori100/guide/036/036.html

そのほかにも焼き団子、やきめし、お茶席、じょうぎくんの定義山縁起案内、鯉のえさやりなどゆったりした時間がすごせます。

一方、平貞能については、源平合戦において都落ち→大宰府を追い落とされたのちに出家、その後行方をくらませ、次に記録に現れるのは宇都宮の親せきの所だとのことです。その後の記録はないようで、定義山までの道のりは不明。ただ、この地に限らず東北には落ち武者伝説が数多くあり、その中で旧来の阿弥陀如来信仰と結びついて成立したのが定義山なのかも知れません。

平貞能について→
goo wikipedia
http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/?%C4%E7?/detail.html?from=websearch

また、帰り道に広瀬川水系の大倉ダムを見てきました。周囲の山道もそうですが、かなりスケールでかいです。

このあたりの大倉川流域は縄文時代中期の土器・石器が出土しているそうです。

dff.jp

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