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2009年6月17日水曜日

雪虫

「雪虫」。
東北以外の出身のものは聞きなれない言葉であることでしょう。私もこちらに来るまで知りませんでした。

11月から12月の雪の降る前の時期、ふわふわと綿毛をつけた小さな虫が飛び交います。これが出始めるといよいよ冬がくるな、と思い、増えてくると近々雪がふる、といわれます。

その正体は何かというと「アブラムシ」の仲間だそうです。アブラムシの中でも白線物質を分泌する器官を持つものの総称が「ゆきむし」で主に東北地方での呼び名です。他の地域ではおおわた、しろこばば、ゆきんこなどと呼ばれます。

代表的なものとしてはトドノネオオワタムシがいます。アブラムシは普通、小学校で習いましたが単体で生殖し増えていきますが、越冬するときには成虫が生まれ、交尾のため羽をもって飛び交います。綿毛をもって飛び交う姿が雪を思わせる風物詩となっています。アブラムシにも種類があったことを始めて知りました。

芋煮

どん兵衛の「芋煮うどん」食べました
山形風のしょうゆ味で、きのこまで入っていて大満足でした。

東北地方の芋煮会は山形県発祥の料理で、宮城県では豚肉、サトイモ、きのこなどを味噌で味付けます。
由来はさまざまな説があるようですが、稲とサトイモの収穫期が重なっており、刈り入れ時に作られた鍋料理というのは有力です。メインはサトイモ。これがないと芋煮になりません。
この時期、宮城県でもコンビニ、スーパーなどの店頭に、「芋煮セット貸します」というパネルが掲げられ、具材の販売はもとより、鍋を貸してくれたり薪まで売っています。広瀬川の河畔などでは家族、友達、会社の仲間で芋煮が行なわれ、立ち上る煙が秋の風物詩になっています。

笹かまぼこ

仙台名物の笹かまぼこ。
その由来は明治時代のはじめにひらめの大量が続いたので、保存のためにすりみにして手のひらでつぶして焼いたものだそうです。形が笹の葉に似ていることから笹かまぼこと呼ばれました。
かまぼこ自体は、平安時代末には文献に現れます。初期のかまぼこは今のちくわの形をしていて、棒にさした形状が蒲の穂ににていること、鉾の形ににていることなどから「蒲鉾」と呼ばれるようになりました。

その後板の上に練り上げたすり身を成形してつくる「板かまぼこ」が出てきて、そちらはしだいに「かまぼこ」と呼ばれ、本来の「蒲鉾」は「竹輪蒲鉾」から「ちくわ」に呼び名が変わっていったということです。本来の蒲鉾はちくわだったんですね。
仙台のかまぼこは笹かまの他に枝豆やしいたけやレンコンなどなどの具の入っている「彩ころん」とか豆腐かまぼこの「むう」(揚げかまぼこ)などがありバリエーションも豊かでおやつ、おかず、酒の肴に結構なものがたくさんあります。

仙台の駄菓子屋さん

仙台のお土産でおすすめは「仙台駄菓子」。これはけっこう喜ばれます。
駄菓子と言ってもうまい棒とかよっちゃんいかではありません。仙台藩の伝統食から生まれた、お茶うけにもぴったりなお菓子です。

『封内土産考』にもでてくる「仙台糒」。仙台糒は仙台藩独自の製法により作られた一種の携帯食として、参勤交代、戦の折などに非常食として使われました。その製法は門外不出とされていましたが、時々家臣や民間に払い下げられ、これをもとに菓子種をつくり、おこし、きなこ、くるみ、ゴマ、栗などを使った菓子が作られました。
駄菓子は雑菓子とも呼ばれます。東京より西は雑菓子、北は駄菓子と呼ぶそうです。
江戸時代は基本的に武士が貧乏であったため、町人の贅沢を禁止する触れが出されました。そのため、白砂糖が禁止され、駄菓子しか食べられない状況が生まれたようです。
駄菓子という名前が出たのは「国花万葉記」という書物に初めて認められるようです(元禄10年刊行)。

仙台の駄菓子屋として有名なのは石橋屋さんと中鉢屋さん。石橋屋さんは駄菓子資料館が併設されています(見学無料)。

仙台すずめ踊り

仙台で5月に行なわれる青葉祭り。その間に町中はすずめ踊りを舞う祭連でにぎわいます。
祭連(まづら)というのはすずめ踊りを踊るグループのことを言い、本当にたくさんの団体があります。平成16年の「夏祭り・仙台すずめ踊り」の時には47組が参加されました。
「夏祭り・仙台すずめ踊り」というのは青葉祭りとは別で、すずめ踊りだけを堪能できる祭りです。比較的新しい祭りで、平成15年から始まったようです。

1603年(慶長8年)、仙台城新築移転の儀式(移徒式)の打ち上げで、政宗公の前で堺の石工が即興で踊ったものが最初でした。
踊る姿がすずめが餌をついばむ姿に似ている。伊達の家紋が竹に雀。という由緒があって、すずめ踊りと名づけられその後も石工の子孫によって伝承されました。
戦前まで石切町の石工によって、毎年大崎八幡宮の祭りの時にはすずめ踊りが奉納されたそうです。

しかし戦後は継承者不足で途絶えかけ、ひっそりと受け継がれていく状況でした。それを復興したのが昭和60年にはじまった青葉祭り。黒田石材店の黒田虎男氏により復活をとげたのが今のすずめ踊りです。旧来のすずめ踊りに対して、「新・すずめ踊り」と最初はいわれていたのですが、しだいに市民権を得て「仙台・すずめ踊り」として認められるようになった経緯があります。

非常に軽快で力強く、見ていて楽しい踊りです。一緒に踊ったらもっと楽しいことでしょうね。

概略紹介

市の花:はぎ(萩の月で有名)
市の木:けやき(ゼルコーバツリー。ゼルコーバさんというパン屋さんが定禅寺通りにあってラスクが絶品です)
市の鳥:カッコウ
市の虫:スズムシ

市のマークは三ツ引両文をモチーフにした「仙」の字をあしらったものです。
人口102万人。

宮城県について
県花 ミヤギノハギ
県木 ケヤキ
県鳥 ガン

人口は235万人。

鯛みそ

江戸時代の仙台の物産に、鯛みそというのがあります。
仙台の味噌といえば「仙台味噌」。文禄・慶長年間の豊臣秀吉による朝鮮出兵の際に各藩から兵が徴兵されるわけですが、この時兵糧として味噌を持って行きました。この時、他の藩の味噌は悪くなったけれども、仙台の味噌だけは大丈夫で、仙台の味噌は上等であると評判になったそうです。その後、仙台藩の伊達家屋敷で仙台味噌がつくられるようになり、2代藩主忠宗の時には一般に売り出されるようになりました。このとき江戸っ子は仙台の味噌はうまい、と「仙台味噌」の名前をつけたそうです。仙台味噌は江戸っ子が名付け親なんですね。

さて、鯛味噌というのは鯛の身をゆでてほぐして砂糖・酒・みりんと味噌を合わせて煮たものです。鯛の取れる地方ではよく見られる料理のようです。仙台で鯛がどこから来たかというと、釣り場として有名なのは奥松島。クロダイが釣れます。宮城は陸の幸、海の幸が両方とも豊富な場所ですので鯛と味噌を合わせた旨いものがたくさんあります。

余談ですが、私の出身地の千葉では(現在は仙台に住んでおります)ピーナツハニーという、落花生とはちみつと味噌をあわせたものが給食にでました。これをご飯にかけて食べます。意外とおいしいので機会がありましたら是非。

2008年5月13日火曜日

絶品!三角油揚げ!

先日、大倉ダムとその先にある定義山に行ってきました。
通常のルートを外れて山奥の峠道を走り、大自然のスケールにびびりながら目的地へむかいました。

定義山は平重盛の重臣、平貞能(たいらのさだよし)が都落ちして名を定義(じょうぎ:さだよし)に改め暮らした場所です。
貞能は、主の平重盛から受け継いだ、阿弥陀如来の宝軸を安置するお堂を建てました。これが今の定義山西方寺につながっていくそうです。

山里を抜け、突然現れる門前町には驚きました。
ここの名物は三角あぶらあげ。絶品です。120円で極楽へ行けます。

詳しくは→
東北を行け! 観光シリーズ 定義山・三角あぶらあげ
http://www.tamezon.net/onsen/s2004/p_jyogi.html

由来については→
定義如来~西方寺ホームページ
http://www.johgi.or.jp/index.htm

仙台市ホームページ
http://www.city.sendai.jp/kensetsu/ryokka/midori100/guide/036/036.html

そのほかにも焼き団子、やきめし、お茶席、じょうぎくんの定義山縁起案内、鯉のえさやりなどゆったりした時間がすごせます。

一方、平貞能については、源平合戦において都落ち→大宰府を追い落とされたのちに出家、その後行方をくらませ、次に記録に現れるのは宇都宮の親せきの所だとのことです。その後の記録はないようで、定義山までの道のりは不明。ただ、この地に限らず東北には落ち武者伝説が数多くあり、その中で旧来の阿弥陀如来信仰と結びついて成立したのが定義山なのかも知れません。

平貞能について→
goo wikipedia
http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/?%C4%E7?/detail.html?from=websearch

また、帰り道に広瀬川水系の大倉ダムを見てきました。周囲の山道もそうですが、かなりスケールでかいです。

このあたりの大倉川流域は縄文時代中期の土器・石器が出土しているそうです。

2008年1月29日火曜日

かわりゆく町 仙台

昨日からあおば通のけやき伐採が始まりました。
あおば通のけやきは、戦後復興のシンボルとして1950年に植えられたものです。仙台が杜の都と呼ばれるのには、このような歴史的な背景があります。

けやきは仙台市地下鉄東西線の建設のため、支障物件として撤去されることになりました。本来、対象となる50本を「移植」の方針で決定していたのですが、市議会で「移植費用が高すぎる」とのことで37本伐採、7本移植、ということになってしまいました(移植費用1億6千万円:東西線の建設費用は2735億円。約1700分の1にあたります)。

その後、市民団体の活動により、10本を移植することになり、27本伐採、17本移植という結果になり、伐採・移植が始まりました。

また、すぐそばの西公園では、昨年の8月に花見の桜の伐採・移植が行なわれました。大部分の桜は切られ、少ない桜はすぐ北側のグラウンドに移植され、景観は変わっていきます。


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2007年11月24日土曜日

さよなら天文台

紅葉の西公園。
今年はあまり色がついてない。
仙台市天文台は明日で閉台。次は錦ヶ岡に移転して、来年オープン。

2007年11月21日水曜日

雪虫

*http://bunkasendai.blog49.fc2.com/
からの引用です(投稿テスト)

雪虫の舞う季節になりました。

「雪虫」東北以外の出身のものは聞きなれない言葉であることでしょう。私もこちらに来るまで知りませんでした。

11月から12月の雪の降る前の時期、ふわふわと綿毛をつけた小さな虫が飛び交います。これが出始めるといよいよ冬がくるな、と思い、増えてくると近々雪がふる、といわれます。

その正体は何かというと「アブラムシ」の仲間だそうです。アブラムシの中でも白線物質を分泌する器官を持つものの総称が「ゆきむし」で主に東北地方での呼び名です。他の地域ではおおわた、しろこばば、ゆきんこなどと呼ばれます。

代表的なものとしてはトドノネオオワタムシがいます。アブラムシは普通、小学校で習いましたが単体で生殖し増えていきますが、越冬するときには成虫が生まれ、交尾のため羽をもって飛び交います。綿毛をもって飛び交う姿が雪を思わせる風物詩となっています。アブラムシにも種類があったことを始めて知りました。

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